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精神障害の労災認定基準の変更・障害の原因にパワハラを追加

令和2年4月23日付日経新聞夕刊に次のような記事が掲載されました。

厚生労働省は23日までに,うつ病などの精神障害の労災認定基準に関する報告書案を専門家会議に提示した。障害の原因となる出来事に「上司等から身体的攻撃,精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」を新設し,労災認定に必要な「強い心理的負荷」に該当するとした。  

新基準は6月から適用。出来事にパワハラが加わったことで,労災認定が受けやすくなる見通しだ。

同記事は紙面の都合もあるためか,変更となる労災認定基準がどのようなものか,なぜパワハラで労災認定を受けやすくなるのかといった詳細までは記載されていません。

そこで,本稿では,変更となる基準の位置づけや役割等も踏まえ,上記の記事を掘り下げて解説します。

変更される労災認定基準はどのようなものか

労災認定を受けるには,病気や怪我が「業務上」のものであること,つまり業務災害に該当する必要があります。

この点,対象となる病気が精神疾患である場合,例えば,パワハラ等によりうつ病に罹患した,というケースでは,原因がパワハラ等にあるかどうかが一見して明らかでないため,業務災害に該当するかどうか明確に判断するのが難しいのが通常です。このことは,工場で勤務中に機械に手を挟まれたというようなケースと比較すると分かりやすいかと思います。

そこで,精神疾患の労災認定をする際に,精神疾患に罹患する前にどのような出来事があれば労災となるのかを示した基準が厚労省により設けられています。今回見直されることになるのが,この基準です。 この基準は,「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下「認定基準」といいます)と呼ばれており,認定要件は次のとおりとされています。

①対象疾病を発病していること

②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,業務による強い心理的負荷が認められること

③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと

①について

対象疾病の代表的なものは,うつ病や急性ストレス反応,統合失調症等です。

②について

認定基準の別紙に,心理的負荷(ストレス)を生じさせる具体的な業務上の出来事と,それに対応する平均的な心理的負荷の強度(強い方から「Ⅲ」,「Ⅱ」,「Ⅰ」の三段階)及び心理的負荷の強度を「弱」,「中」,「強」と判断する具体例が「業務による心理的負荷評価表」(以下「評価表」といいます。)に整理されて記載されています。

対象疾病の発病前おおむね6か月の間に起こった出来事を,評価表に当てはめて総合評価し,心理的負荷が「強」と判断される場合には,②の要件を満たすものとされています。

③について

認定基準の別紙に,業務以外の心理的負荷について,具体的な出来事と,それに対応する心理的負荷の強度が強い方から「Ⅲ」,「Ⅱ」,「Ⅰ」の三段階に整理されており,これに該当する出来事がなければ③の要件を満たすものとされています。また,「Ⅱ」,「Ⅰ」に該当する出来事しかない場合も原則として③の要件を満たすものとされていますが,「Ⅲ」に該当する出来事がある場合には,③の要件を満たすかどうか,慎重に判断されることになります。

変更の具体的な内容

この度の変更では,上記の評価表の内容が見直される見込みです。

変更前の評価表には,パワハラ関連の出来事の中で平均的な心理的負荷の強度が「Ⅲ」とされているものとして,「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」が記載されていました。また,心理的負荷の強度を「強」と判断する具体例として,

  • 部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた
  • 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた
  • 治療を要する程度の暴行を受けた

「部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた」,「同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた」,「治療を要する程度の暴行を受けた」が記載されていました。

今回の変更では,この評価表に,パワハラ関連の出来事として,「上司等から,身体的攻撃,精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」が追加されることになる見込みです。この「パワーハラスメント」とは,「職場において,上司等から,優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,就業環境が害された」ことをいうものとされています。

また,この出来事の平均的な心理的負荷の強度は,上記の変更前に用いられていた出来事と同じく「Ⅲ」とされる見込みです。

変更後の評価表に記載される具体例としては,心理的負荷が「強」となる具体例として,

  • 上司等から,治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合
  • 上司等から,暴行等の身体的攻撃を繰り返し受けた場合
  • 上司等による下記のような精神的攻撃が執拗に行われた場合
  •   人格や人間性を否定するような,業務上必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃 
  •   必要以上の長時間にわたる厳しい叱責,他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など,社会通念に照らしてその態様が相当でない精神的攻撃
  • 上司等により,心理的負荷としては「中」程度の身体的攻撃・精神的攻撃が行われた場合であって,会社に相談しても適切な対応がなく,改善されなかった場合

が記載される見込みです。

なお,従来パワハラ関連のケースで当てはめられていた「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」の出来事は,優越性のない同僚等が加害者となるためパワハラに該当しないケースも想定されることから,引き続き評価表中の具体的出来事として記載が残る見込みです。

実務への影響

まず,今回の変更について,冒頭の報告書案には次のような記載があります。

現行の認定基準では,「パワーハラスメント」の用語は用いていないものの,パワーハラスメントに該当する事案については,これまでも,心理的負荷表の「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」の具体的出来事として評価してきた。 したがって,今般の見直しは,新たな医学的知見に基づきパワーハラスメントに係る出来事を新たに評価対象とするものではなく,パワーハラスメント防止対策の法制化等に伴い職場における「パワーハラスメント」の用語の定義が法律上規定されたことを踏まえ,心理的負荷評価表の明確化,具体化に資するため,現行の認定基準を前提として,パワーハラスメントに係る出来事についての心理的負荷評価表への追記及びこれに伴う心理的負荷評価表の整理を検討するものである。」  

つまり,パワーハラスメントの定義が法律上規定されたことを踏まえ,パワハラ関連の出来事については,パワーハラスメント独自の項目を作ってこれに当てはめていこうということです。そうすると,これまでと比べて,具体的出来事として評価される事実が広がるという意味で,パワハラによる精神疾患の労災認定がされやすくなったということではないと思われます。

具体的には,パワハラの6類型のうち,「身体的な攻撃」と「精神的な攻撃」については,上記の新たに加わる出来事の具体例からみて評価対象となるものの,それ以外の類型のパワハラ(「人間関係からの切り離し」,「過大な要求」,「過小な要求」,「個の侵害」)については,「精神的な攻撃」と評価されない限り,それ自体が具体的出来事として評価されないのではないかと思われます。

他方,「身体的な攻撃」,「精神的な攻撃」の類型のパワハラ事案では,評価表の具体的出来事にストレートに当てはめができるようになるという点で,労災認定の判断がされやすくなるという影響はあるかもしれません。

この度の見直しにより,パワハラ事案の精神疾患に関する労災認定の運用がどのように変わるのか,注目されるところです。

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