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セクハラ事実認定の難しさが分かる裁判例

社員からパワハラ被害の相談・申告があった場合には,会社として,事実関係を迅速かつ正確に確認するなどの対応をとらなければなりません。その際の対応や調査の手順等について別稿「パワハラの相談・申告があった場合の対応」にて解説しました。

セクハラ被害の相談・申告があった場合にも,会社としては事実関係を確認して適切な対応をとる必要があることは同様で,調査の手順についても,別稿「パワハラの相談・申告があった場合の対応」と基本的には同様に進めることになろうかと思われます。

ただし,申告された被害が事実としてあったのかどうかの認定については,セクハラの事案特有の問題もあり,事実関係の主張が被害者と加害者で真っ向から対立するケースにおいて,どちらの主張を真実と認定すべきかが一層難しくなる傾向があります。

その具体例として,本稿では,被害者と加害者の主張のいずれを信用するかで第一審と控訴審で結論が逆転した裁判例(秋田県立農業短大事件・仙台高等裁判所秋田支部平成10年12月10日判決)を紹介し,セクハラ事案の事実認定の難しさを解説します。

事案の概要

被害者であるXは,大学附属の研究所に研究補助員として勤務している女性です。加害者であるYは,研究所の教授であり,Xの上司に当たる男性です。

Xは,Yらとともに学会に参加するため出張し,出張先のホテルに宿泊したところ,チェックアウト時刻の10分前頃にYがXの部屋を訪れました。ここまでは,X,Yの主張に食い違いはありません。この後にセクハラ行為があったのかどうかについて,両者の主張が真っ向から対立しています。

Xの主張

部屋に入ってきたYがXをベッドに押し倒し,胸を触るなどのわいせつ行為に及んだ。これに対し,Xは,Yの手をつかんで止めさせようと思ったが,Yの手が汚らしく感じられて手を引っ込めた。さらにYが胸を触るなどのわいせつ行為をしてきたのに対して抵抗しているうちにベッドから転げ落ち,急いでテーブルの向こう側に回った。

Yが追いかけてくる様子でなかったので黙って立っていると,Yが「えー」とか「僕の言いたいことはだね」などと口ごもっていたので,Xは「つまり,誰にも言うなってことですか」と言うと,Yは肯定した。Yが紙を出すよう求めたため渡すと,Yは退出した。

Xはしばらく呆然としていたが,時計を見るとチェックアウト時刻が迫っていたため,急いで荷物をまとめて部屋を出た。

Yの主張

部屋に入った後,精算のためにXから宿泊確認書を受け取った。Yは,Xと前夜及び前々夜に深夜までYの部屋で酒を飲みながら話をしたことから,Xとの間に信頼関係ができたものと思い,日頃の仕事に対する協力への感謝と励ましの気持ちを伝えようと思ったが,うまく言い出せず口ごもりながらXの肩に軽く両手をかけた。これに対し,Xは,少し驚いた様子で横に身を引いたため,誤解されたと気づき,その誤解を説くために説明しようとしたが,説明しても弁解になるだけだと思い「いやいや,違うんだ」とだけ言ってXの肩から手を放した。Yは,遅れないようにという趣旨のことを述べて部屋を出た。

Xは,上記主張のとおりYから強制わいせつ行為を受けたとして慰謝料請求をしました。 上記両者の主張どおり,セクハラ行為があったのか,なかったのかという点が争点となっているところ,ホテルの部屋という密室の出来事であり,第三者の目撃証言など,直接の証拠がないため,X,Yのどちらの主張が正しいのか,それぞれの供述の信用性を比較して判断されることになりました。

第一審の判断

第一審(地方裁判所)は,上記Xの供述に不自然な点が多々あるとして,この主張が虚偽であると判断,Xの請求を棄却しました。不自然な点というのは主に,強制わいせつ行為の被害者の通常の反応として,反射的に助けを求める声をあげたり,何らかの抵抗をすること,わいせつ行為の直後には,相手の退去を求めるとか,相手を非難する言動に出ることが自然であるのに,上記Xの主張する対応はこれにそぐわない,ということです。

控訴審の判断

これに対し,控訴審(高等裁判所)は,上記第一審が示した強制わいせつ行為の被害者は通常このように反応するはずだ,という経験則について,性的な被害を受けた人々の行動に関する諸研究によれば,加害者に対して直接的な身体的抵抗をとる者は被害者のうち一部であり,逃げたり声を上げたりすることが一般的な抵抗であるとは限らないとされていること等を指摘した上,

職場における性的自由の侵害行為の場合には,職場での上下関係(上司と部下の関係)や同僚との友好的関係を保つための抑圧が,被害者が必ずしも身体的抵抗という手段を採らない要因として働くであろうということが,研究の成果として公表されているのであり,性的被害者の行動パターンを一義的に経験則化し,それに合致しない行動が架空のものであるとして排斥することは到底できないと言わざるを得ない。

と判示しました。その上で,

被控訴人(Y)が控訴人(X)の職場の上司であり,控訴人が仕事を続ける限り,今後も日常的に被控訴人とつきあって行かねばならないことや,被害を公にし難いのが性的な被害の特色であることに照らせば,控訴人が,強制わいせつ行為を受けたものの,ことを荒立てずにその場を取り繕う方向で行動し,第三者に悟られないように行動するということも,十分にありうることと言わなければないから,控訴人の主張する行動がおよそあり得ない不自然な行動であると決めつけることはできないことである。

として,Xの主張を認めました(カッコ内は筆者が記載)。

解説

このように,事実認定のプロ中のプロである裁判官の判断でさえ,第一審と控訴審で逆転したように,セクハラ事案は,密室内で第三者の目撃証言やその他の客観的な証拠がないことが比較的多く,被害者,加害者の言い分のどちらを認めるのか,という判断は極めて難しい問題です。

供述の信用性を検討する際,その供述の具体性,迫真性等に加え,内容が自然といえるか,が重要なポイントとなりますが,セクハラ行為の有無を判断する際,第一審が示したように,性的被害を受けた際の対応はこういうものである,という偏った社会通念を用いると,判断を誤る危険性があるということに留意したいところです。

また,本件では,主張の対立が,セクハラ行為があったのか,なかったのか,という事実の有無というレベルにありましたが,セクハラ行為はあったものの,その程度に争いがあるというケース,事実に争いはないがそれに至る経緯,両者の思惑等によりセクハラ該当性が争われるケースもあり,被害者,加害者の主張をよく整理した上で,信用性の判断をしたいところです。

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