弁護士を代理人として内容証明郵便が届いた
パワハラ等のハラスメント被害を受けたとする社員が,弁護士を代理人に立てて会社に損害賠償等を請求してきた場合には,既に本格的な紛争に発展してしまったといえます。ただし,この段階であれば,交渉により早期解決ができる場合ありますので,迅速に対応することをお勧めします。
請求額の妥当性チェックは必須
しかしながら,解決を急ぐあまり先方の請求を鵜呑みにしてはいけません。弁護士が代理人となる場合には,会社に内容証明郵便で「受任通知」や「請求書」といったタイトルで,損害賠償を求める旨の書面が届くのが通常です。この書面に,当該社員が受けたとされるパワハラやセクハラの被害の概要や,それに基づく損害額が記載されています。そこで,この書面の内容を精査し,次の点を確認しましょう。
①事実・証拠の有無。特にパワハラについては,該当するかどうかの評価
まずは,当該社員が主張するようなパワハラ行為等があったかどうか,事実確認をしましょう。特にパワハラのケースでは,業務上の指示等との区別が難しく,パワハラとまでは評価されないという場合も少なくありません。可能な限り多くの関係者から聴取する等して,パワハラといえるかどうかの評価をしましょう。
パワハラと業務上の指導・注意との線引きに関する裁判例についてはこちら
②損害額の妥当性のチェック
また,パワハラ・セクハラ行為があったとしても,先方の請求が全て認められるとは限りません。弁護士から届いた書面に,賠償を求める金額とその内訳が記載されている場合には,費目毎に妥当かどうかを検討しましょう。特に,慰謝料はほぼ全てのケースで請求されるといっていい費目ですが,裁判で認められる相場よりも高い金額が請求されている場合が少なくありません。被害の態様等,個別の事案により金額の見積もりは難しいところですが,同種の裁判例を確認し,妥当性をチェックした方がよいでしょう。
回答は慎重に
上記の①,②を検討した上で被害者側に回答することになりますが,その内容は事案に応じて慎重に決めたいところです。仮に,会社としてはパワハラ・セクハラ行為があったとは評価できない,または,被害者側が主張する損害額は明らかに認められないという見解であったとしても,そのとおり回答するかどうかは考え物です。
会社がゼロ回答またはそれに近い回答をした場合,先方は,交渉での解決ができないと判断し,紛争を次のステージである訴訟(裁判)に移行させるかもしれません。そうなると,裁判で会社の主張が全て認められたとしても,そのような判決が出るまでには多大な労力を要するのが通常ですし,弁護士に訴訟の代理を依頼した場合にかかる費用も安くはないでしょう。このような経済的な問題だけでなく,裁判により公開の法廷で,会社の中でパワハラ等が行われたことを主張されることによる風評被害や,社内のモラル低下といった不利益も懸念されます。
このような不利益を考慮すると,“損して得取れ”の発想で裁判を回避して示談による解決を図ることも十分合理的といえます。そこで,被害者側の主張に理由がないと思われるケースであっても,最終的に示談による解決を目指すのであれば,その方針に適した会社としての回答内容を慎重に検討する必要があります。
訴訟(裁判)を起こされ,訴状が届いた
上記のように示談による解決に向けて交渉したものの,条件面でどうしても折り合わなかった場合に加え,パワハラ等による被害が大きい場合(自殺や重度の精神疾患等)には,交渉を挟まず,いきなり訴えられるケースも珍しくありません。
訴状の内容と証拠を確認
裁判を起こされると,裁判所から訴状が会社に届きます。交渉が先行していない場合でも,訴状にはパワハラ・セクハラ行為に該当する事実が記載されていますので,これを確認し,上記の①,②について検討しましょう。特に,裁判では,主張する事実の証拠がセットで示されますので,その証拠の信用性や,当方に有利な証拠がないかといったことも検討して,対応の準備を進めましょう。
「答弁書」を提出して時間をかせぐ
裁判の第1回の期日は既に日時が指定されておりますが,「答弁書」という書面を提出しておけば,第1回の期日に限り,会社は欠席することができます。
「答弁書」の書式は,訴状が入っている封筒に同封されていますが,詳細に反論を記載する必要はありません。最低限,訴状記載の「請求の趣旨」に対する答弁として,「原告の請求を棄却する」との判決を求める旨,訴状記載の「請求の原因」について,追って認否・反論する旨記載して提出するとよいでしょう。
こうすることで,本格的な対応は第2回期日までに準備すればよくなります。厳密には,第2回期日の日程調整がされ,その1週間前を期限として,会社側の反論を記載した準備書面を提出するよう指示されますので,これに従い対応します。
“欠席裁判”にならなよう注意!
ここでくれぐれも注意したいのが,答弁書を提出せずに,第1回期日に欠席すると,いわゆる“欠席裁判”として,先方の請求が全面的に認められてしまうおそれがあることです。会社が訴えられた場合には,最低限,答弁書の提出だけは忘れずにしておきましょう。
早期のご相談を
上記のとおり,パワハラやセクハラの被害の損害賠償を求める内容証明郵便が会社に届いた場合には,交渉で解決できる場合もありますが,妥当な解決水準や,示談書に盛り込むべき内容等,事案に応じて様々な点を考慮する必要があります。
特に,先方が弁護士を立ててきた場合には,早期の段階で当方も弁護士に代理を依頼されることをお勧めします。 また,交渉で解決できず,または,いきなり訴状が届いて裁判となった場合には,訴訟の手続を進めるために更に専門的な知識が必要となります。上記のとおり,答弁書を提出することでしばらくの間時間を稼ぐことができますので,その間に弁護士に相談し,事案に応じた弁護方針を立てて,第2回期日に対応したいところです。