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パワハラやセクハラに時効はある?民法改正も踏まえて解説

パワハラやセクハラといったハラスメント問題で,被害者側弁護士から内容証明郵便が届いたり,裁判所に訴えられたりした場合,別稿「パワハラやセクハラで訴えられた場合の対応のセオリー」にて解説したとおり,パワハラやセクハラの事実が認められるケースでは,請求を全部退けるのは困難であるのが通常です。

この点,会社の反論として,実務上ほとんど主張する機会はないものの,パワハラ等の事実が認められるケースでも,請求を全部退けられる可能性があるものとして,消滅時効の主張があります。認められる場合には極めて有効なカードとなりますので,パワハラ等が行われてから長期間経過した後に訴えられたようなケースでは,主張する余地がないか,念のため確認したいところです。

本稿では,民法改正による影響も踏まえ,パワハラ・セクハラ事案で特に問題になる争点に関する裁判例も含めて時効の制度について解説します。

消滅時効の制度と注意点

“時効”というと,刑事ドラマなどで犯人が逃げ切って罪に問われなくなるという公訴時効をイメージされる方が多いかも知れません。本稿で解説する時効はこれとは別物の民事法上の制度で,ある権利を行使できる時点から一定期間経過することにより,権利が消滅してしまうというものです。これを消滅時効といいます。

パワハラやセクハラといったハラスメントの被害者が行使できる損害賠償請求権も,消滅時効の適用を受けます。そこで,会社がパワハラ等により訴えられた場合に,消滅時効を主張することができれば,請求を全部退けられる可能性があるという点で極めて強力なカードとなります。

なお,消滅時効は,期間の経過だけで自動的に権利が消滅するというものではなく,請求を受ける立場の債務者が,時効により権利が消滅したことを主張する(時効を援用する,といいます。)ことにより,確定的に権利が消滅することになります。逆に,時効となっていても,権利を認めてしまうと,時効の利益を放棄したものとして,消滅時効を主張することができなくなってしまうため注意が必要です。

どれくらいの期間で時効になるのか

権利が発生してから時効により消滅するまでの期間(「時効期間」といいます。)は,権利の発生原因によって異なります。パワハラやセクハラの被害者が行使できる損害賠償請求権ついては,雇用契約の付随義務としての安全配慮義務違反に基づくものと,不法行為に基づくものがあり,それぞれ時効期間が異なります。また,令和2年4月1日に施行された改正民法により,時効期間が変わりました。

これらをまとめると,次の表のとおりとなります。

権利の発生原因/改正前後 改正前 改正後
安全配慮義務違反(債務不履行) 10年 5年
不法行為 3年 5年

なお,不法行為については,損害及び加害者を知った時から起算される短期の時効期間と,不法行為時から起算される長期の時効期間がありますが,パワハラやセクハラの事案では,損害と加害者は明らかになっているのが通常であるため,短期の期間を記載しています。

パワハラやセクハラの事案ではいつが時効の起算点となるか

権利を行使できる時点が時効期間の起算点(スタート)となります。パワハラ等の事案では,多くの場合,継続的に行為が行われ,その度に損害賠償請求権が生じると考えることもできるため,どの時点が起算点となるのかが問題となります。この点に関し,次の裁判例が参考になります。

裁判例

女性従業員Xは,上司であるYから,退職するまでの約8年10か月にわたり,強制わいせつや強姦未遂に該当するような行為を含む,セクハラに該当する行為を継続的に受けたという事案で,XはY及び会社に対し損害賠償請求をしたところ,Yらは,上記強制わいせつや強姦未遂に該当するような行為については,既に時効期間である3年が経過しているため,時効により損害賠償請求権は消滅した旨反論しました。

これに対し,裁判所は,本件におけるセクハラ行為は,それぞれ別の機会に個々のものとして独立して行われたものではなく,YのXに対する性的行動の一環として継続的に続けられていた行為であり,一連のものとして把握,評価されるべきであるから,Xが退職してYの行為が終わった時点をもって消滅時効の起算点である旨判示し,上記行為についても,時効の問題は生じないとして,消滅時効期間の経過を前提とするYらの主張を退けました(青森セクハラ事件・青森地裁平成16年12月24日判決)。

改正民法施行日をまたいでパワハラ等が行われた場合

上記裁判例によると,セクハラ行為が継続的であり,一連のものとして把握,評価される場合には,その行為が終わった時点(退職する等,行為者との接点がなくなった時点が認定されやすいでしょう)が時効の起算点となります。

この点,民法改正に伴う経過措置により,安全配慮義務違反を原因とする請求については,債権の発生か,発生原因である法律行為(契約等)のいずれか早い方が改正民法施行日より前であれば旧法が,これらのいずれもが施行日後であれば新法が適用されることになります。これに対し不法行為を原因とする請求については,短期の3年の時効期間が改正民法施行日前に経過していれば旧法が,施行日後に経過するのであれば新法が適用されます。そのそうすると,改正民法施行時をまたいでパワハラ・セクハラ行為が行われた場合には,債務不履行の時効期間は,損害賠償請求権が施行後に生じても,その原因となる雇用契約が施行前であるため,旧法の10年が,退職後から起算されることになると考えられます。また,不法行為に基づく損害賠償請求権については,時効期間がハラスメント行為が終わった時点である施行後から起算されることになるため,5年が時効期間となると考えられます。

まとめ

以上のとおり,パワハラやセクハラの事案では,多くのケースでは被害者である社員が退職した時点から時効期間が起算されることになります。そのため,退職後短くとも5年が経過してから請求を受けた場合のように,実際に時効の主張が認められるのは極めて限定的といわざるをえません。しかしながら,時間の経過という明確な基準により,立証の負担なく請求を退けられるという点でメリットが大きい一方,ひとたび相手の請求を認めてしまうと時効の主張ができなくなってしまうため,このような制度があること自体は知っておかれるとよいでしょう。

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