パワハラの証拠として,音声を録音したデータが提出されることがあります。
このような音声データは,相手方に無断で録音されたものであるのが通常です。そうすると,録音された方からすると,不意打ちのような印象を受け,これが裁判で証拠とされることはフェアではないようにも思われます。
そこで,本稿では,このように相手方に無断で録音した内容(以下「秘密録音」といいます。)が裁判で証拠とされ得るのか,裁判例とともに解説します。
秘密録音の証拠としての価値
パワハラに当たる言動を録音したデータは,パワハラの事実を直接立証することができます。また,言葉の内容だけでなく,どのようなトーンで発言したのかまで客観的に明らかになるという点で,証拠としての価値は極めて高いといえます。このような音声データがあれば,交渉や裁判が大変有利に進められることから,加害者や会社に対し損害賠償請求をしようと計画している被害者としては,最も手に入れておきたい証拠といえます。
昨今,ボイスレコーダーは小型化・高性能化しており,しかも安価に購入できるようになっていますので,日常的にパワハラが行われている現場では,被害者側が音声データを証拠として保存することが容易にできるようになっています。会社側からすれば,訴えられた場合には極めて不利な戦いを強いられるリスクが高まっているといえます。
録音を禁止することはできるか
それでは,会社は,社員に対し,録音を禁止することができるのでしょうか。
この点,パワハラの事実を証拠化されることを目的として録音を禁止することはできません。そもそも,会社としては,パワハラを防止すべき義務を負っていますので,パワハラが起こることを前提に,しかもそれを証拠化させないという目的での業務命令が許されないのは明らかです。
もっとも,会社が,録音を一切禁止することができないという訳ではありません。例えば,企業秘密に関わる会議等,機密性が求められるような業務については,正当な理由があるため,録音を禁止することができるといえるでしょう。パワハラ関連では,パワハラの調査委員会が行うヒアリング等については,録音が自由な発言を妨げ,調査の実効性を損う原因となるため,調査をする側も受ける側も録音は禁止とすることは珍しくありません。
秘密録音の証拠能力
秘密録音は,上記のようにフェアでないとも思われ,また,会社が禁止していたにもかかわらず,これに反して録音されたような場合には,なおさらアンフェアといえます。それでは,秘密録音による音声データは,裁判で証拠として認められるのでしょうか。
ある証拠が,裁判で証拠として認められることを,「証拠能力」があるといいます。この点,刑事裁判では,違法収集証拠排除法則という理論により,判例上,違法に収集された証拠のうち,一定の要件を満たすものは証拠能力が否定されることになっています。
これに対し,民事裁判では,原則としてあらゆるものに証拠能力があるとされています。ただし,例外として,違法に収集された証拠については,信義則違反と評価される場合に証拠能力が否定されるとする裁判例が多数あります。この点,録音テープの証拠能力については,録音の手段方法が著しく反社会的と認められるかどうかにより判断すべきとする有名な裁判例(東京高裁昭和52年7月15日判決)があり,このケースでも結論としては証拠能力が肯定されています。他の多くのケースでも,単に相手方の同意を得ずに録音した程度では,著しく反社会的とは認められておらず,秘密録音の証拠能力は否定されないのが通常といえます。
この点,ハラスメント関連事案で,秘密録音の証拠能力が否定された近時の裁判例があり注目されます。
学校法人関東学院事件(東京高裁平成28年5月19日判決)
事案の概要
学校法人であるYの大学の事務職員であるXが,上司からパワハラ及びセクハラを受けたとして,同大学のハラスメント防止委員会に対して申立てを行ったところ,同委員会が適切な措置をとらなかったこと等の他,同委員会の審議において,同委員がXを侮辱し名誉を毀損したとして,Yに対し損害賠償を求めた事案。
上記名誉毀損等の証拠として,Xは,非公開とされているハラスメント防止委員会の審議の内容を秘密録音した録音テープを提出したが,この録音テープに証拠能力が認められるかどうかが,争点の一つとなった。
裁判所の判断
この争点に関し,裁判所は,「委員会は,ハラスメントの調査及びそれに基づくハラスメント認定という職務を担い,その際にハラスメントに関係する者のセンシティブな情報や事実関係を扱うものであるところ,このような職務を行う委員会の認定判断の客観性,信頼性を確保するには,審議において自由に発言し,討議できることが保障されている必要がある一方,その扱う事項や情報等の点において,ハラスメントの申立人及び被申立人並びに関係者のプライバシーや人格権の保護も重要課題の一つであり,そのためには各委員の守秘義務,審議の秘密は欠くことのできないものというべきである」とした上で,「委員会の審議内容の秘密は,委員会制度の根幹に関わるものであって,特に保護の必要性の高いものであり,委員会の審議を無断録音することの違法性の程度は極めて高いものといえる」として,録音テープを証拠として提出することは,訴訟法上の信義則に反し許されないというべきであり,証拠から排除するのが相当である旨判断しました。
解説
本判決は,秘密録音された音声データであっても,多くの場合,証拠能力が認められている中で,証拠能力が否定された珍しい例として注目されています。
本件における秘密録音が,証拠能力を否定されるほど違法性が高いと評価されたのは,上記のとおり,パワハラの認定という職務を遂行するためには,審議において自由に発言,討議できることが保障される必要があり,関係者のプライバシーや人格権の保護も重要課題であることから,審議の秘密を守ることは不可欠であり,特に保護の必要性が高いと判断されたからです。本件では,審議は非公開,録音もしない運用とされ,内部規程でも守秘義務が課されていましたが,一般的に,パワハラやセクハラの調査・解決のための委員会においては,規程の内容等,詳細な事情に違いがあっても,秘密を守るべき要請は同様に当てはまるでしょう。そうすると,本判決は,他のケースにおける判断にも少なからず影響があるものと思われます。
まとめ
以上のとおり,秘密録音は,録音した会話の内容の秘密が高度に保護される必要のある限定的な場合を除いて,原則として証拠としての価値は否定されないといえます。そのため,日頃の会社としての予防措置が奏功せず,万が一パワハラが行われ,それが録音されたような場合には,会社としては極めて厳しい立場に立たされることを踏まえ,改めてパワハラの防止を指導したいところです。しかも,SNSが普及した昨今では,パワハラの音声が録音されると,SNSで一気に拡散し,炎上という危険がありますので,このようなリスクがあることも含め,社員の教育・啓発を念入りに行うことをお勧めします。